丸田祥三氏『棄景』剽窃被害について思う・1

PaPeRo2010-03-26

 いま、高校時代からの友人の写真家で、僕とは『日本風景論』という共著もある丸田祥三氏が訴訟を起こしています。
 丸田氏の 『棄景』(1993年・ 日本写真協会新人賞受賞作)の中の写真から、同業者の小林伸一郎氏 が『廃墟遊戯』(1998年)で同じ場所を用い、また酷似したものを載せています。
 丸田氏はこれに対して訴えを起こしました。
 以下にその対照写真があります。
 http://haikyo.kesagiri.net/  
 
 盗作問題では、過去村上隆さんが企業のマークに自分の作品のデザイン盗用があったとして訴え、企業側がお金を支払ったことがあります。しかしこれは、村上氏がもともとアニメや漫画などオタク文化から多数「引用」してきたことから考えると釈然としないという批判がありました。
 小林氏の丸田氏からの「盗用」疑惑は、それとは大きく異なります。廃墟写真の対象とされる建造物や乗り物で著作権が問われることは普通ありません。それらはアニメや漫画ともまた違い、そもそも創作的次元にある著作物として作られていないからです。

 そして丸田氏と小林氏は二人とも、いわゆる芸術写真として写真集を出版し、個展を開くという、いわば同じフィールドにあります。このような形での「盗用」もしくは模倣は、普通なら考えられないことです。丸田氏は日本写真協会新人賞を既に受賞しているのだし、知らなかったではすまされないでしょう。
 たとえば全然関係のない雑誌の口絵に似たような写真があり、知らずに同じようなものを撮ってしまったとか、あるいはヒントにしたとか、そういうこととも次元が違うのです。


 しかし訴えられた小林氏および彼の弁護側は丸田氏の訴えを、誰かが先に撮った場所で撮ってはいけないのかという問題にすり替えました。
 
 この小林氏側の戦術は功を奏し、ネットで廃墟の写真をUPしたり、アマチュアで写真を撮る多くの人々は、「自分たちも訴えられかねない」という不安から、丸田氏の主張を退ける意見を持ってしまいがちでした。
 
 けれども、廃墟ウォッチャーの人が、廃墟のある場所に立ち寄った記念として写真を残し、UPすることは、まったく問題が別です。
 同じ写真家の芸術作品というフィールドで、題材からアプローチまで極めて似通ったものを発表するということと、一般の人がたまたま同じ場所で撮った写真をネットなどにUPするということとは、根本的に違うのです。


 しかし小林氏も実はそのことに気付いているのか、一方で問題のすり替えをしつつ、一方で自分の本の出版時点で丸田などという写真家はまったく知られていなかった(だから影響を受けようはずがない)などということを裁判所に言っているそうなのです。
 
 丸田氏の初めての個展は大手新聞にはほとんど、印象的な新幹線のひびわれた写真(のちに『日本風景論』の表紙にも使用されています)とともに紹介されましたし、当日僕は受付の手伝いをしました。
 ちなみに僕が写真展の受付をしていたとき、幼いころからゴジラシリーズなどで憧れていた脚本家・作詞家の関沢新一さんがみえられ、廃線の写真を見て「これに汽車が走っとった時見たんや」と興奮されていたのはいい思い出です。
 写真展は多くの人が詰め掛けて盛況でした。この人気を背景に写真集『棄景 廃墟への旅』の出版が決まったのです。

 写真集は出版されるや各方面の注目を浴び、川本三郎さん、西井一夫さん、押井守さん、くるり岸田繁さん、実相寺昭雄さんなど多数の、批評家や第一線のクリエーターたちの中での丸田シンパを生みました。
 また出版当日に本屋で手に取って衝撃を受けた記者氏により、丸田氏は朝日新聞で写真の連載をします。これは『少女物語 棄景4』としてのちに写真集にもなっています。
 もちろん一般の読者にも支持されました。丸田氏の写真集や、写真をメインに扱った著作の多くは増刷されています。これはなかなかないことなんです。ヌードや水着じゃない写真集は多くの場合、高名な写真家でも実売は少ないのです。  


 小林氏側はそれらの実績をなきに等しいと言っているらしいのです。写真展に関しても自分は行っておらず、図録もない写真展にどんな写真が展示されていたかなどは証拠もないはずだと言い、世間ではまるで注目されていなかったと裁判所に言っているとのことです。
 (しかしどうして「図録もない」と知っているのでしょうね。小林氏は実は丸田氏の写真展に行ったんじゃないのかという疑念がこれで生まれてきました)

 びっくりしました。そんなの偽証罪にならないの?と丸田氏に聞いたら、ならないそうなのです。訴えられた側の権利を守るために、立証責任がないことでも自由に発言していいらしいのです。逆に訴えた側は、裁判所に信じてもらうためにはひとつひとつ事実を示さねばならないそうなのです。

  僕の脳裏に昔テレビドラマ『Gメン’75』で見た、米兵にレイプされて訴えた女学生が不利な証言をされ「あの娘はもともとふしだらだった」という中傷をされてさらに傷つく……という場面がよみがえりました。
  訴えた側に対してはどんな侮辱になることを言ってもいいと聞いて、昔ドラマで見た不条理な場面も、そういうことなのかと思いました。


  そこで僕は丸田氏から、裁判の争点に関してではなく、過去彼の写真展が現実に存在したのかどうか、その模様はどうだったのかという証言を求められ、弁護士事務所に行き、文書にまとめてもらいました。あの新幹線の写真が使われた写真展の案内ハガキも、丸田氏の手元にはもう残っていなかったのですが、僕の家にはあったので証拠として提出しました。
  また小学校時代から廃墟を撮っている丸田氏から、高校時代に見せられた写真がどれだったのかの証言もしました。


  丸田氏は、裁判に関して僕の味方をしてくれる必要はない、ただ過去の事実に関してだけ、ありのままを語ってほしいと僕に言いました。
  その謙虚な物言いに、僕は打たれるものがありました。

  一方、小林氏に関する疑念が頭をもたげてきました。
  僕は小林氏とは一面識もありません。もともとなんの恨みもありません。
  丸田氏よりも年長である彼がもし普通の大人の態度をとるなら、今回のこともただ「自分にはそういうつもりはなかった」と簡潔に言うだけだろうと思っていたのです。
  そこまで敵意をむき出しにしてくるとは想像もしていませんでした。
  
  しかし僕はこの歳になって世の中を少し知った気になりました。
  世間では「訴える」というと、なにか感情的な行為に見えるでしょうが、実際は訴えた側はひたすら理性的に行動しなければならないのです。
  
  さてそのうち、なんと小林氏は、「棄景」の写真説明の文章に関しては、参考にした可能性が「ないわけではない」と言いだしました。
 
  実は写真に写った廃墟の説明で、丸田氏の文章には事実誤認がありました。小林氏はそれをそのまま引きうつしていたのです。
  これに関してはさすがに言いわけのしようがない。そこで小林氏は、文章は参考にした可能性があるが写真には興味がないので見た記憶はないといいだしたそうです。

  写真集を開いて、説明文だけを読むひとなんているんでしょうか。だいたい写真を見なければ、なんの説明をしているのかもわからないはず。

  この『棄景』説明文を小林氏が参考にした可能性を認めた件について、丸田氏が自身のブログで「一部盗用をお認めいただけました」と書いたら、小林氏は弁護士を通してブログの閉鎖を求めてきました。

  これは言論弾圧ではないでしょうか。丸田氏のブログを一人でも多くの人に読んでもらいたいと思います!
  http://blogs.yahoo.co.jp/marumaru1964kikei

  そして小林氏は、『棄景』の説明文も自分が直接見たのではなく、スタッフに資料検索させている内に見つけ出したもので、そのスタッフが誰であったかもいまとなっては覚えていないと言い出したのだそうです。

  小林氏はのちに講談社出版文化賞をとり、いまでは大家のようにいう人もいます。
  しかし『廃墟遊戯』当時、小林氏はそんなに、名前も顔も分からなくなるぐらいのスタッフを使って、ネームを書かせていたのでしょうか? ずいぶん当時から偉かったのだなと思います。
  先述のように、個人写真集というものはそんなに大ベストセラーになることは考えにくいのに、名も顔も覚えられないほどのスタッフを使ったら大赤字ですよね。
     
  このような小林氏の、胡散臭いとしか言いようのない対応を見るにつけ、最初はなんの臆見もなかった僕の心にも疑念が浮かんだ次第です。
  

  また、これは以下のサイトで検証されていますが、小林氏は他の写真家からも盗用した疑いが指摘されています。
  http://haikyo.kesagiri.net/  

  ある雑誌で、名の知られた作家が、小林氏を指して「廃墟写真の走りともいえる」と先駆者呼ばわりしたのを読んだことがあります。「先駆者ではないが、この写真は優れている」と書くならまだその人の見解としてありえますが、これは明らかな間違いでしょう。もちろん、同じ文で彼は丸田氏について全く言及していません。


  盗作の定義の話をしますと、盗作されたことによって、つまり作品の同一性が揺るがされたことによって被害が生じるかどうかがポイントになるようです。
  丸田氏は「廃墟は小林氏が第一人者だから、君は彼が撮っていない廃線とかなら仕事を回してあげる」とある出版社の編集者からに言われたそうです。これは明らかな実害といっていいでしょう。

  しかしその編集者個人を責められません。既に小林氏には廃墟写真の第一人者という権威が与えられているのですから。
  つまり僕が疑問に思うのは、このような写真家に講談社出版文化賞を与えた当時の審査員に対しても同様なのです。


  かくいう僕もこれまで複数の賞で審査員をしていますが、たとえばある実験アニメの手法に僕が感嘆していると、別の、アマチュアのアニメに詳しい審査員から「この手法は決して新しくないし、もっと複雑なことを試みている作品もある」と指摘されたことがあります。
 その世界にどっぷりつかっていない新鮮な視点を持つ審査員を配しつつ、一方で精通している審査員も配しておく。これは常識だと思います。しかし小林氏が受賞した回の講談社出版文化賞に関してはこれが機能していなかった。世間で一定以上の話題となり、賞までとった丸田氏の写真集との類似を誰も指摘しなかったとしたら、賞自体の信用に関わるのではと思います。


  おまけに丸田氏は訴訟を快く思わない人から「写真家は写真で勝負しろ」とよく言われるそうですが、盗作による実害を明らかにこうむっている以上、これは「今後いい写真を撮ればいいのだ」などという問題とは別次元です。
  ただ丸田氏自身は、訴訟という形で理性的に公的判断にゆだね、それはそれとして日々の撮影活動を心置きなく続けています。

  むしろ取り乱して明らかに冷静さを欠く言動をしているのは小林氏の方であると僕には思えます。

  小林氏はこれまでの裁判には一度も出席していません。弟子とされる当時の状況を知らない若者をよこし、要領を得ない受け答えに終始させているようです。後に撮っただけで何も悪くないというのなら、堂々と自分が出ればいい。なにかうっかり喋っちゃったりしないように予防線を張っているのかなと勘ぐられても仕方ないのではないでしょうか。

   それにこれは美学の問題ですが、こういうことに弟子を使って人柱にするという小林氏の品性も疑わしく思います。普通、身内ではいくらでも厳しくしごいて鍛えるけど、外に対しては守ってあげるというのが師匠じゃないのかな、と。こういう時にこそ進んで自分が出ていかないリーダーについていっても未来はないんじゃないかって言いたくなります。


  ここまで私見を書いてきましたが、僕は法律の専門家じゃないから、丸田氏が裁判で「勝つ」かどうかはわかりません。
  法的には丸田氏だって無限に上告することもできないのですから、結果出た判断に従うしかないし、訴えるっていうことは、それを引き受けることでもあります。
  その意味でも今回の訴えはきわめて理性的な行為であると言えるでしょう。

  だから僕は丸田氏が将来裁判で「勝つ」のであれ「負ける」のであれ、自分の所見を述べさせてもらいました。
  それは裁判の結果がどうこうでは揺るがないでしょう。
  
  今後ともこの問題については注視し、思うところを書いていきたいと思います。
  もし、このブログの閉鎖を求められても、僕は従うつもりはありません。