取り組むべき仕事

  美術館の図録原稿を引き続き書く。
  「情緒論」のあとがきをいじる。
  この二つがこのあとしばらく循環構造に。

  怪獣もの、特撮ものの批評は数多くやってきたが、怪獣やウルトラマンそのものの姿形についての言及はあまりしてこなかった(昨年の共同通信や成田氏ご逝去の際の読書人などいくつかはあるが)。それは小林晋一郎さんのような先人の偉大なお仕事に僕が付言することなど少ないと思ったからだ。
  しかし個人的には、あの怪獣の姿形には、幼い頃昆虫に惹かれ野山を駆け巡った記憶とともに胸を熱くさせられる。
  成田亨さんの画集も池谷仙克さんの画集も全部持っているし、高山良策さんの個展にも行っている。むろん昨年の岡本太郎美術館にも。宇宙船に載った高山さんの怪獣造形日誌も愛読していた。もちろん小林さんの論考も何度も読み返している。

  今回美術館から依頼を受けたのをいい機会にして、自分なりに受けた感覚を、総合的に書いてみようと思った。
  これはギャラの少なさを度外視(当初400字五枚程度で三万円だったのが二十枚に増えて同じ値段。しかも締め切りが早まった)しても取り組むべき仕事と思ったのだ。
  キーワードは「ぬくもりのある未来」。これは、僕が成田さんのことを書くときにいつも使ってきたフレーズだ。今回は高山さんと池谷さんのお仕事についても、並び立つように総合的に、そして原口さんの姿勢にも言及しながら書いて行こうと思ったが、やればやるほど深みにはまっていく。うれしい悲鳴だ。

  大怪獣バトルでゴモラゴモラを戦わせたりしていると、子どもの頃、テレビには週に一体づつ出てくる怪獣が、同種族と彼らだけの生活を営んでいるさまを図鑑を通して想像したのを思いだす。
  怪獣は僕のなかにいまでも棲んでいる。