『本多猪四郎 無冠の巨匠』で書いたこと

来月出る私の長編評論『本多猪四郎 無冠の巨匠 MONSTER MASTER』(洋泉社)は
500ページを超えますが、
一気に読める本を目指しました。


書いてても、
途中で話が難しくなりそうになったら、
原典である映画そのものの予告編や、
広告のコピーを見返してカンフル剤としました。


すると、
たちどころにその映画の輪郭が改めて浮かび上がります。


そこには、
まだ評価も何も定まっていない時点で、
最初にその映画を世に出そうという時の、
「こういう映画なんです!見てください!」
という息吹が真空パックされているのです。


「人類の消滅か! 恐龍の猛威に曝された絶望の大メロドラマ!」


これは、「キネマ旬報」一九五四年十一月上旬号に掲載された、
ゴジラ』第一作の広告コピーです。


「恐龍」と書いてあるのは、
「怪獣」という言葉は当時まだ定着していなかったからかもしれません。


そう。
ゴジラ』は、「怪獣」というもの自体の出発点なのです。


「人類の消滅か!」というコピーは、
「怪獣」がひとたび出現すれば、
それが即人類的運命を左右するような、
なにやら禍々しい未来を招き寄せてしまうことを示します。
そこに「絶望」という言葉すらも添えられています。


そしてシメにある「メロドラマ」という言葉!
この映画が、
絶望的状況の中での愛を描いたものであることも予感させます。


「絶望の大メロドラマ」とは、
世界が滅亡してしまう中での人々の感情という意味での
<絶望>であるとともに、


またこの映画に登場する、
人類の中でただ一人ゴジラと匹敵する力を持ってしまった男性科学者の、
にもかかわらず愛した一人の女性とすら運命を共に出来ない
という<絶望>でもあるでしょう。


そう。
ここには怪獣と匹敵する人間の孤独までもが込められているのです。
前世紀から眠りについていたのに、
突然現代社会に目覚めてしまったゴジラのそれと裏腹なものとしての咆哮。


怪獣というものは、徹底的に強くなければならない。
世界全体の滅亡を予感してしまうほどに。
しかしそれだけ強い力を持たされてしまった存在というのは、
人類という種がたどる、
明日の孤独な姿ではないのか。


そしてその映画の作り手として、
「監督・本多猪四郎」と名前が出ます。
ゴジラ』の後に続く東宝特撮映画の多くでは、
予告編で
「製作 田中友幸」「監督 本多猪四郎」「特技監督 円谷英二
が三大スタッフのごとくクレジットされ、
その名前がナレーションで読み上げられます。


けれど第一作『ゴジラ』の予告編では、
大きく「監督・本多猪四郎」という名前が出るのみ。
それは、もしこの映画が失敗したら、
本多監督一人の責任になるということを
意味したでしょう。
それは大都市にそびえたつゴジラの孤独とほとんど一緒です。


1954年、『ゴジラ』という本邦初の怪獣映画の、
成否の責任は監督・本多猪四郎の肩にかかっていたのです。


当時、東宝の撮影所内には、
「巨大な怪獣が暴れまわるなんていうゲテモノ映画を、
本当にウチが作るのか」というムードが
少なからずありました。


そこで本多監督はスタッフ・キャストを前にした時、
もし本気になれないのならば、
この現場を去ってくれてかまわないと言った
……という伝説に、
パシフィック・リム』のオーディオ・コメンタリーで
監督ギレルモ・デル・トロは触れています。


そしてこう語っています。「自分も同じ思いだった」と。


第一作『ゴジラ』で本多監督が示したエッセンスの「本気」は、
その後に続く
地球防衛軍』『ガス人間第一号』『妖星ゴラス
海底軍艦』『フランケンシュタイン対地底怪獣』
……といった数々のSF特撮映画の中で変奏されます。


孤独な科学者は、ある時は怪獣自身になり、
ある時は地球を裏切る宇宙人の側となり、
ある時は戦後に生きはぐれた軍人となり、
役柄を変え、角度を変え、反復されていくのです。


本多監督は、ほとんど一つの物語を、
様々な形で語り直している。
本多猪四郎 無冠の巨匠』はその視点で
書かれており、読むとそのことがくっきりと
浮き彫りになっていくと思います。
刊行開始時期の11月6・7日(木・金)19時から、
初代担当編集者だった町山智浩氏と連続対談を致します(ユーロライブ渋谷)。


6日は本多猪四郎監督、
7日は宮崎駿監督がテーマです。
http://eurospace.co.jp/eurolive/141010.html


この二人は、ともに科学と人間、人間を人間たらしめるものへの<大いなる矛盾>を抱えていました。その思索の過程に迫りたいと思います!
是非皆さん、いらしてください!
電話予約受付中です。
http://eurospace.co.jp/eurolive/141010.html