『赤×ピンク』快作とはこの映画のためにある言葉

日本映画をほぼ全部見て、作り手の方や、映画について語り合いたい人に会いに行くメルマガ『映画の友よ』。
http://yakan-hiko.com/risaku.html
最新第6号、今晩より配信です。

明日から公開される『赤×ピンク』の脚本の港岳彦さんに、5号と6号、二回にわたってお話しを伺っています。

『赤×ピンク』の試写を見て、とても面白かったので、桜庭一樹さんの原作を脚色をされた港さんに会いに行ってしまいました。

そのきっかけになった、試写での映画との出会いを、私は「映画の友よ」の1月下旬号の「日本映画ほぼ全批評」に記しました。

明日からの公開に寄せて、その全文を以下に公開します。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本映画ほぼ全批評
■赤×ピンク

正直、見る前はまったく期待していなかった。
女子同士の地下プロレスという設定自体に、全然興味が持てない。

なんだかんだ言って結局大ホールの観客席をいっぱいにするのが撮影的に手間だから、地下という設定にしているのではないのか。そんなところで人知れず戦って、勝っただの負けただの言っても……むろんそれが実際に目の前で演じられているならまた別だろうが……映画として見せられても面白いのだろうか?という思いが拭えなかった。

そしてこの種の「負けたら死」的な設定を盛り上げるためには、登場人物たちの戦う背景を考えられる限り過酷なものにする必要があるとばかり、やたら陰々滅々たる物語を見せられるんだろうなと、想像するだけでぐったりさせられてしまう。

しかし見終わった時、私は一転して爽快感に満ち満ちて、幸せな気分になっていた。

この映画は、恋愛劇をガチバトルに置き換えた……というか、愛する者同士がリング上で戦うという物語である。

主人公・皐月は、身体は女性だが内面は男性。世に言う「性同一障害」。だから「ヒロイン」というよりは「ヒーロー」と呼ぶべきかもしれない。

地下女子プロレス「ガールズブラッド」のスター選手だった皐月の前に、新参者のレスラー・千夏が入ってくる。千夏は一瞬で皐月が「男」だと見抜き、リング上で「あんたと一緒に死にたい」と言ったかと思えば「ウソだよ」とマジな死闘を仕掛けてくる。だが試合が終わると、仲間と一緒に着替えたがらない皐月に躊躇なく近づいていく。

そんな千夏に皐月も惹かれ始める皐月。二人は自然と「男女」の関係になる。皐月にとって、千夏は初めて恋愛関係を持った相手であった。

千夏は実は結婚していて、疾走中の身。夫である安藤から逃げていたが、その前では一転して「弱い女」となり、DVを受け続けてることで支配されていた元の生活に戻っていく。

安藤は単なるDV夫ではなかった。ガールズブラッドの経営主とかつて同門だった武道家であり、その道場の代表の立場を悪辣な手で乗っ取らんと、創設師範の娘である千夏を手中に収めた。

格闘技ものによくある抗争劇を、恋愛ものに組み込んだような展開である。

安藤の陰謀でガールズブラッドは廃業に追い込まれる。

性同一障害の皐月の他にも、ロリキャラに見えるが実は成長してからもベビーサークルに閉じ込められる異常な生育環境から逃げ出してきたまゆ、SMの女王様兼レスラーとしてサディスティックなキャラに見えながら、実は他人の期待に完璧に添い続けてきたために自分の意志が持てないミーコなど、ガールズブラッドはわけあり女の駆け込み寺的な存在になっていたのだ。

かくして皐月が自分の「女」を取り戻すための戦いは、女たちにとっての、自分の居場所を取り戻すための戦いにもなっていくのである。

この作品は桜庭一樹による同名小説の映画化だが、ラストバトルに至る展開は映画版の脚本家・港岳彦によるオリジナルだという。

山口祥行演じる、普段はC調で信用ならない感じのガールズブラッドのオーナーが、いざという時は安藤の屋敷に乗り込んで、地下プロレスで勝負をつけようと挑戦状をたたきつけるキャラの転換に、さらにもうひとつオチがある(ここでは書きません)ところなども、楽しませてくれる。

安藤役は『特命戦隊ゴーバスターズ』で善玉側の沈着冷静な指揮官を演じた榊英雄が、一八〇度違う狂騒的な暴力男を生き生きと演じていて、その虚構性の強い演技で現実の暴力のなまなましさをかえって除去することに成功している。

さて、私がこの映画をグーだと思ったのは、男女の恋愛の摩擦に対して、リングで決着つけるという展開に対してであった。一度は向こうから強引に迫り、誘惑してきた癖に、いまやどう考えても褒めるところのないような男の言いなりになって、もうアンタなんか知らないと言ってくる女。

たとえば似た展開の漫画に、映画化もされた花沢健吾のボクシング漫画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』がある。愛する女に手を出さなかったために、無責任な男に妊娠させられたことを知った会社員の男性主人公が、その男に決闘を申し込む。格闘技の心得のあるその男に勝つために、ボクシングに詳しい年長者のアドバイスを受けて特訓を続けるが、勝つための秘策を、他ならぬ愛したその女によって相手側に密告され、敗北を喫する。

ここまでが映画化もされた第一部で、第二部は、主人公が会社員をやめ、本格的にボクシングジムに通う。そこで第二のヒロインたる聾唖の女性と恋愛するが、彼女はかつてこのジムのスター選手であった男の妻であった。その男はDV男で、彼女と別れようとしない。かくして主人公は、現役を退いたとはいえボクサーの経験があるこの夫に敗北必至の戦いを挑み、そして最後は、打ち勝つのである。

私は『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の第一部はとても面白かったのだが、第二部が……読んでいる時はこちらも面白いのだが……どうも第一部に比べて、心に深く刺さってこないという感じを持った。

それはなぜなのかということが、この映画『赤×ピンク』を見て、初めてわかった。

ボーイズ・オン・ザ・ラン』は、恋愛の決着を、彼女自身ではなく、相手の男という第三者との戦いで付けようといている。それが見当違いのことであることを含めて描かれる第一部は、青春の挫折物語として普遍性があった。

だが第二部は、主人公が強い男になっていくという意味では正しい物語なのだが、その分現実感の薄れた物語として、いい意味で悪い意味でも「離陸」してしまっているのだ。

対してこの『赤×ピンク』は、あくまで愛した女その人とリングで向き合い、決着をつけようとする。そこが面白い。

だがこの図式を、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』に生かせるかというと、実はかなり難しい。
仮に双方合意だとしても、男が女をリングに引きずりこみ、殴り合うガチバトルをする物語に共感する読者や観客は少なかろう。

しかし『赤×ピンク』ではそれが可能なのである。
片方の心は男性でも、両方とも身体は女性だからである。
この構造を考え出したのは、実に見事といわなければならない。

だから戦いで決着をつけるこの映画の後味は爽やかなのである。戦いの後ラブシーンになったとしても、もともと地下キャバクラの見世物的な位置づけのバトル空間なため、極端に浮くことはない。地下プロレスというフィールドをも、実にうまく生かしているのだ。

デスマッチの檻が、彼女たちにとって、内側から破る自らの心の檻であることを示したクライマックスのシーンも、感心とともに感動させられた。

この映画の爽やかな持ち味は、坂本浩一監督にとって公開時期が近接した劇場作品である『獣電戦隊キョウリュウジャーVSゴーバスターズ 恐竜大決戦! さらば永遠の友よ』(私はたまたま両作を同じ日に別の試写室で見るという奇遇に恵まれた)や、多くの特撮アクションがそうであったように、「闘いの中に、その人物のキャラを表す描写を入れる」という方法論を、今回も用いているということもあるのではないかと思う。

そして皐月役芳賀優里亜の、ヘアヌードを辞さないシャワーシーンは、女という身体を持ってしまった男という設定下で、美そのものとして屹立している。アクションだけでなく、身体を張ったその潔さに応えた坂本監督の血脈が全篇にみなぎっている映画だ。

<快作>とはこのような映画のためにある言葉であろう。


爽快感         ●●●●●
「見てよかった」度   ●●●●●
芳賀優里亜ヌード期待度 ●●●●●

監督 坂本浩一
原作 桜庭一樹
脚本 港岳彦
撮影 百瀬修司
出演者 芳賀優里亜
多田あさみ
水崎綾女 
小池里奈
山口祥行
前山剛久 杉原勇武 桃瀬美咲 桜木梨奈 三田真央 西野翔
周防ゆきこ 大島遥 安田聖愛 人見早苗
榊英雄
品川祐

2014年2月22日より公開
全国劇場

公式サイト http://aka-pink.jp/