『抱きしめたい』はなぜあんなに面白いのか?  塩田明彦「映画術」


普通公開された映画を見て面白いと思っても、雑誌等ではパブ記事の仕込み期間が終わっており、そこから取材として作り手の人に会いに行きたいと思っても遅いことが多いんです。

だから映画媒体の多くは、執筆者がその映画の出来もわからないうちから特集を担当することが決まっていて、なんとなくみんなおんなじようなトーンの記事になってしまうきらいがあると思います。

その点メルマガですと、公開された後の映画でも、見て面白いと思えば、そのリアクションとして素直に「この作り手に会いに行きたい」と思って、それが実現する場合もあります。

『映画の友よ』配信されたばかりの最新号(第8号)では「『抱きしめたい』はなぜあんなに面白いのか?〜塩田明彦監督に聞く映画術」という記事を巻頭で展開しています。
http://yakan-hiko.com/risaku.html

ちょうど塩田明彦監督は『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』という本を、イースト・プレスから出されています。

『抱きしめたい』は、2月から公開され、ロードショー中です。
単なる難病もの、おためごかしの純愛ものだと思ってチェックから外している映画ファンの人は、もったいないことをしていると思います。

第7号の「日本映画ほぼ全批評」で『抱きしめたい』について書いた文章を、以下に全文掲載いたします。

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日本映画ほぼ全批評
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■抱きしめたい

車椅子で生活していて、記憶に障害のある女性・北川景子と偶然出会ったタクシーの運転手・錦戸亮が、彼女との愛を貫徹しようとする物語。実話の映画化だという。

予告編を見て、正直ありがちな難病もの、恋愛ものに感じられ「つまらなそうだな」と思った。

だが映画を見て、今年に入ってからの作品体験では、一番豊かなものが得られた……と思っている自分が居た。

少なくとも自分に関しては、この映画の予告編は逆効果であり、「日本映画ほぼ全批評」を目指しているからこそ、出会えた映画だといえるだろう。

予告編は、いわゆる難病もの、恋愛もののベタなところだけつないでいる。

たとえばメリーゴーラウンドでキスをするシーンで、唇が近づいてやがて重なるのを間のカットを飛ばして見せたり、結婚式のシーンで友人知人が満面の笑みで「車いすの花嫁」を迎えるシーンを見せた後、ヒロインのなんらかの悲劇に、男性主人公が号泣して外に出て膝まづいているのを見せたり……「もう勘弁してよ!」というベタなクライマックス場面の連続だった。

実際の映画では、上記の場面はもちろん全部あるが「こういうことだったのか」という、その場面に至るまでの展開がすべて意外なかたちで現われ、なおかつその意外さを、映画の中に流れている時間のうまみとして、こちらが一緒に味わえる作りになっている。

この映画は、描かれていないところまで、登場人物はこういう暮らしをしているんじゃないかとか、ふだん彼らは友達や親とはこういう接し方をしてきたんじゃないかとか、見る側に積極的に想像させるものがある。

物語は二人が出会うところから順々に語っていく。映画の時間が進行していくことそれ自体が楽しい。人が生きていて、新しい人、新しい世界に出会っていく。その喜びが描かれる。

二人の恋愛が、二人だけに絞り込んで描かれるのではなく、障害者の世界と健常者の世界という、お互い接し合わなかった人々の接点として描いていて、開かれた物語となっている。と同時に、この二つの世界が、そう簡単には一緒にならないという現実にも、要所要所でさりげなく触れられている。

児童福祉施設にボランティアに来ているヒロイン北川景子が、そこで仲良くなった女の子がボヤくのを聞く。こういう施設では、結局可愛くて、親が事故で死んでいる子からもらわれていく。私みたいにブスで、親が前科者だと、引き取ってくれる人間も居ない。

北川景子はそれに対して、こう返す。勉強やスポーツで頑張るか、それもだめなら誰かのお嫁さんになったらどうか。顔はお金貯めて、整形すればいい……。

おためごかしの慰めは言わない。かといって黙り込むのでもない。相手が一番何を気にしているのかをまっすぐに受け止める。だからこの少女も北川景子に心を開くのだということが伝わってくる。ヒロインに対しての好感がいや増すくだりだ。

男性主人公・錦戸亮北川景子に惚れるや、とにかく行動を先に起こす。付き合っていた彼女にも別れを告げる。自分の親の所にイキナリ北川景子を抱っこして連れていく。妊娠させるのだって結婚式より先だ。

こうした時の周囲の反応には、一つ一つ見ていて「こう来るのか」「ここまでやる?」「そんな言葉づかい。いいの?」といった、見ているこちらの心にひっかかる仕掛けが、ドラマ的も、映画的にも必ず用意されている。そのことでわれわれ観客は、「いやそうだよな。事態をそんなに簡単には受け止められないよな」「でもだからこそ、この主人公の若さは貴重なんだ」などと色々思考が交差しながら、この映画の世界にすっかりハマり込んでいるのに気づく。

だが北川景子の母親である風吹ジュンの存在は、その中でもひときわ重い。
強く見えるヒロインが、そうなるまでに至るリハビリの長い時間を、この母親の存在を通して、我々観客もズシリと手渡される。
そのことによって。架空のこの世界が、現実であるかのように感じられる。

そしてラスト近くに突如到来する、意外な展開。

まだ見ていない人のために詳細は伏せるが、この映画が単なる恋愛ものでも、難病ものでもなく、たとえば震災のような大きな喪失があった後も、私たちが生きているこの時間についての映画であるということが、突然胸に入ってくるような仕掛けになっている。

それを、作り手側はむしろ客観的なまでに突き放して描いている。
ここが本当にすごい。
いまの日本にしか作れない作品だ。

この映画を見て、私たちはもう新しい時代の時間を生き始めているんだと思った。
終末論を云々する時代は終わったのだ。
四の五の言ったって、生きてるんだからしょうがない。

その簡明な事実から始めるために、この映画はあるのかなと思った。
面白いとか、感動したとか以上に「見てよかった」映画だなと思えたのだ。

だがこの映画はさらに、もう一回ここまで描いてきたことをめくり返し、この男女が出会った時の、一瞬の永遠性に私たちを立ち会わせる。そこで初めてリ・スタートを切るのだ。

そして最後の最後に、この映画のモデルになった実在の男女の姿へと到達する。

この時、北川景子はこのモデルとなった女性を演じるため、表情の作りまで研究したのだなという事も同時に伝わってくる。

この映画といい、『ジャッジ!』といい、私は北川景子という女優さんのすっかりファンになってしまった。これからも彼女の映画に、新作としていっぱい立ち会えるかと思うと、いまの時代に生きる幸福を感じる。




監督 塩田明彦
脚本 斉藤ひろし塩田明彦
撮影 喜久村徳章
出演 北川景子
錦戸亮
上地雄輔 斉藤工
平山あや 佐藤江梨子 
佐藤めぐみ 窪田正孝 寺門ジモン
角替和枝
國村準
風吹ジュン
 
公式サイト http://www.dakishimetai.jp/

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この映画の「面白さ」が、どんな演出によって支えられているのか、『抱きしめたい』二度目の鑑賞の後に、その足で塩田明彦監督にお会いして伺いました。

よろしければご一読くだされば幸いです。


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今週の目次
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[00]ごあいさつ
[01] 塩田明彦監督に聞く「映画術」〜『抱きしめたい』はなぜあんなに面白いのか?
[02] 足立正生監督と風景論を語る〜『風景の死滅』は「風景の突破」である
[03] 日本映画ほぼ全批評
・わたしのハワイの歩きかた
・坂本くんは見た目だけが真面目
銀の匙
平成ライダー昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊
偉大なる、しゅららぼん
・激写!カジレナ熱愛中!
・猫侍
[04]カセット館長の映画レビュー  連載寄稿・後藤健児
映画で描く異世界からの「卒業」
[05] 世界を知るための映画  連載寄稿・山口あんな
ユダヤ人とイスラエル人〜『ハンナ・アーレント』の背景にあるユダヤ人社会
[06] セクシー・ダイナマイト 「男に自信がないからマゾが増える」って本当? SM女王様・更科青色さんと見る『トパーズ』 第3回(最終回) 
[07]女子、ときどきピンク映画  連載寄稿・百地優子(脚本家) 第8回 新作で実験!実話をもとにしたピンク映画
[08]連載・特撮黙示録1954−2014 第7回 シリーズものとしての怪獣映画論〜『モスラ対ゴジラ』前編
[09]あとがき

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